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宣教師の手記 3話 グッドニュースバンコク教会 キム・ハクチョル宣教師

2020年3月号グッドニュース(韓国語から転用させていただきました)
宣教師の手記_キム・ハクチョル宣教師編(3話)

 

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宣教学校と軍隊での神の導き

 

タイで25年余り宣教している間、「どうしてこのようなことが起こるのか?」と思うほど私の人生からは想像できなかったことに会った。そのことを解決する力が私にはなかったので、神に任せるのが平安で、すべてが一つ一つ、神の手によって行われた。私がタイで宣教することができるよう、安全に導いて下さった神様は、私が若い頃に宣教学校と軍隊で経験したいくつかのことを通し、私の心ではなく、御言葉に頼って生きる方法を教えてくれた。

神は私を無力にさせた
 使徒12章6節に「... ペテロは二本の鎖につながれてふたりの兵士の間で寝ており、戸口には番兵たちが牢を監視していた。」と出てくる。ペテロは明日死ぬかもしれないのに深く寝ていた。手足が縛られたまま刑務所に閉じ込められたペテロは、自分がその状況から逃れるどんな力もなかったので、神様に完全に委ねて眠りに入ったのだ。私の人生がそうだった。私が歩んできた人生を静かに考えてみると、まるで眠っているように見えた。
 大学を卒業して、家に帰って宣教学校(現マハナイム神学校)に行くと言ったら、父は「苦労して大学まで送ってあげたのに、それはどういう意味か?」と戸籍を抜くと言われたし、兄は「大学まで出て両親に小遣いを一度でもささげたのか?」と私を無視された。そのように心に多くの葛藤と負担を越えて宣教学校に入って行って、感謝することより、別の難しさが私を待っていた。
 宣教学校には、いくつかのルールがあって、ルールを犯した場合には、一緒に寝食する学生のうち、生活班長がいて彼がルールを破った生徒に掃除をさせたり、ご飯を一食食べられなくした。最近もそうだが、宣教学校の学校に新入生が入ってきて、新学期が始まると、一週間断食しながら、聖書を一度すべて読む時間を持つ。私も入学して一週間断食しながら、聖書をすべて読んだ。そしていよいよ待ちに待った食事の時間になった。ところが、時間を30秒破ったと、生活班長が一食断食しろと言った。どうしようもなくて何も言えなかった。
 他の学生も私を見てもどかしいと、特にむずかしくするようだった。 6ヶ月が過ぎた頃、ソウルの地理をよく知っている兄弟と一緒に人の家に訪問に行った。地下鉄を一時間乗って、ふたたびバスに乗ってハプチョンドンのある洋服店を訪れた。一緒に行った兄弟が私に「そこで働く兄弟と交わりをするからと、あなたは他の所に立ち寄って戻って来て」と言った。私は洋服店の主人の顔色を見て、兄弟に言葉を伝えた後、外で待っていた。ところが、いくら待っても一緒に行った兄弟が来なかった。
 お金はなくて、どのようにしたらよいか困り果てた。田舎者でソウルの地理をよく知らなくて、前に聖書の勉強をしていた中央大学に通う兄弟の自炊生活の家が思い出して、2時間で行くだろうと思って歩いた。ところが七時間をかけて午前1時になってようやく、その家に着くことができた。ところが、家のドアはロックされており、家には誰もいなかった。どうすることもできず、近くにある礼拝堂に入って中層階で睡眠をとった。人々の祈りの声が聞こえて目を覚ますと、朝4時半だった。サッと目を覚まし、またとめどなく歩いて午後3時になってようやく宣教学校に到着した。一緒に行った兄弟に、なぜ私は置いて行ったかと尋ねた。

うっかり忘れて一人で帰ってきて申し訳ありませんと言うと思ったが、「なぜこのように苦労して来たの?バスの運転手に交通費がないから、一度だけ乗せてもらうように事情を話して乗ってくればいいじゃないか」と言った。私はその話を聞いて何と答えたらいいか思いつかなかった。
 振り返ってみると、その時、神様が私を無力にさせた。私に力があって正気であったら、私が見て不当であることは、その事と戦って勝とうとしたであろう。ところが、私は戦う力もなく、訴えもしなかった。
「すると突然、主の御使いが現れ…鎖が彼の手から落ちた。...御使がまた言った。上着を着てついてきなさい」そこでペテロは外に出て、御使いについて行った。彼には御使いのしていることが現実の事だとはわからず、幻を見ているのだと思われた。」(使徒12:7〜9)
御使がペテロを牢から引き出すのだが、ペテロは深く寝ていたので、自分が幻想を見ていると思った。
「... そこで、彼らは外に出て、ある通りを進んで行くと、御使いは、たちまち彼を離れた。そのとき、ペテロは我に返って言った。「今、確かにわかった。主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、また、ユダヤ人たちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ。」と言って(使徒12:10〜11)

ここでペテロが「真実」と言うが、真実なのか夢なのか知らずに御使に従って歩いたということだ。
 ペテロが監獄に閉じ込められことと比較することができませんが、私の宣教学校で、多くの場合、理解できない困難を経験したが、眠っていたので、何が起こっているのかも正確に知らないまま過ごした。後ですべてのことから離れて自由になってはじめて、その時、神様が私を眠るようにされたという事実を知った。
 聖書は、「ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。」(Ⅰペテロ5:6)と言った。

私たちは、時には誤解を受けて無視をされるが、時が来れば神が私たちを高くしてくださる。悔しいことにあうとき、神様に任せて寝ていると、時が来れば神が解決してくださるということである。私はこの言葉を頼りにして信仰の道を歩いてきて、時間が経って振り返ってみると、すべての問題が解決されていた。ペテロの前で刑務所のドアが自然に開かれたかのようだ。

純金のように造られるのだなぁ
 私はすべての問題の前で黙っていただけではない。軍生活は私に宣教学校で学んだものとは異なることを教えてくれた。聖書の御言葉の前で私の悪の心を発見することができ、その心を捨てることができる時間であった。
 1985年に宣教学校に入学して8ヶ月程度過ごした後、入隊した。遅い年齢で軍隊に行けばたくさん苦労するようで、将校に行くために試験を受けたが、最終的に体力測定をした日に食あたりを起こし願いがかなわず下士官兵士に行った。軍隊に行って苦労することを考えると恐れていたが、ある日聖書の聖句一つが目に入った。
キリスト・イエスのりっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください。兵役についていながら、日常生活のことに掛かり合っている者はだれもありません。それは徴募した者を喜ばせるためです。」(Ⅱテモテ2:3〜4)
将校でない位置が最も低い兵士でいくと、私は神のしもべとしてどんな心を持たなければならないかどうかを学ぶことができるようだった。
 論山(ノンサン)訓練所に入所した最初の日、宗教的行事をすると言い、軍隊の教会に入ってみると、長く縁取られた大きなプラカードの

しかし、神は、私の行く道を知っておられる。神は私を調べられる。私は金のように、出て来る。」(ヨブ23: 10)と書かれていた。

熱い溶鉱炉から純金を得るように、神の溶鉱炉のような軍隊で私を鍛えて純金のように造られるという御言葉を心に刻みながら訓練を受けた。訓練所生活を終えて前方の工兵部隊に配置された。ところが、私は行政兵士となり、外で苦労する戦友たちとは異なり、オフィスで精神的に苦痛を受け辛い時間を過ごした。

私を困らせた古参
 行政兵士になって、オフィスに行くと直属古参がハングルの「ㄱ」から書く練習をさせた。教えてくれた通り同じ書けなくて「おれはこのように書くなと言ったじゃないか!」と厳しく怒り、字体が思うように早く直らなかった。文字のために私より二歳若く体格も小さくやせたた古参にたくさん殴られて気合を受けた。

ある時古参が本当に怒って50センチの定規で頭のてっぺんをたたき、軍靴でわき腹を蹴り倒してしまった。そしてウォンサン爆撃(写真参照)を20分間受けた。鬱憤が上がってきたが、軍隊ではさせるようにするしかなかった。

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ウォンサン爆撃 イメージ写真です。本人の写真ではありません。

 私が服務していた部隊の教会には、牧師がなく担当兵だけがいた。教会には50人ほどの兵士が集まったが、担当兵士は御言葉を伝えられないから私を見て御言葉を伝えるように言った。毎週、担当兵士が礼拝を導き、私が御言葉を伝えたところ、私にはその時間が一番幸せだった。ところがある日曜日の朝に古参が「今日は絶対に教会に行ってはいけない。中隊長があなたの仕事をおれにさせた。おれはお前の仕事を助けたのだからお前は今日の礼拝に行くな」と言った。仕方なくわかりましたと言って、日曜日の朝から古参のオフィスで仕事をした。
 9時半になり、もう教会に行かなくてはいけないのに... 」と心の中で葛藤した。 10時近くなって古参がトイレに行くと席を空けたとき、心が動いた。 「今日は礼拝ささげて死のう!」と教会に走って行った。教会の人々がみな私を待っていたし、私はすぐに教壇に登って御言葉を伝えた。
 しばらく御言葉を伝えているとき、教会の裏口が少し開いたところに古参の顔が見えた。古参が出てくると手招きする無視して説教を続けた。すると古参が拳を握り締め見せ「お前もう死んでいる!」と信号を送って帰った。時間説教を終え降りてくるから、ようやく正気に戻った。 「私は狂った!オフィスに行くと古参が棒を持って、私を待っている。」不安な気持ちでオフィスに入ると幸い古参がなかった。ところが、オフィスの隣に付いている内務班に入るやいなや、古参の軍靴が私の顔に飛んできた。その日はどれくらい殴られたか、すぐに医務室に入院しなければならなかった。

希望が悔しい心に勝った
 病室に横たわっているがいろんな考えが上がってきた。「中隊長に報告して営倉(懲罰房)に行こうか?」「私は実弾倉庫の鍵を管理するので、銃に実弾を入れて撃ってしまおうか?」そんな目に会っても神もまったく理解していないようで恨んだ。私は悪いことをしたわけでもなく、説教しただけなのに、こんなにまで受けなければならないのが納得できなかった。軍隊に来る前に、心に抱いていた言葉を思い出した。

 「キリスト・イエスのりっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください。兵役についていながら、日常生活のことに掛かり合っている者はだれもありません。それは徴募した者を喜ばせるためです。」(Ⅱテモテ2:3)考えが続いた。

 「私は本当に神の兵士か?」神の兵士なら悔しいことにあっても、感情にとらわれず、勝つことができなくてはいけないですが、私の心には悔しさと恨みが満ちていた。福音のために苦しんでいることより、悔しい気持ちを持つ私は神の兵士ではなかった。

使徒16章を見ると、使徒パウロが管理者に打たれ、刑務所に閉じ込められた。ところが、25節を見れば「真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。」という内容が出てくる。パウロはその大きな苦難を受けても悔しい気持ちを持たなかった。むしろ、神を賛美した。ところが、私はパウロが経験したことと比較することができず、小さな苦難を受けても、心が怒りに満ちたものである。

最初は一体なぜそんなことを受けなければならないか理解できなかったが、御言葉を一つずつたどりながら知ることができた。私の知恵と能力を損なうことなく、それに生きようとするから、神様がそのようなことに会わせてしまうのである。神がくやしいことを通して、私の心の邪悪なものをすべて明らかに「君がその心を抱いて生きるなら君は死ぬ。だから、すべて捨てて御言葉を頼りにして生きて」と言われた。神様が私を溶鉱炉のようなところに入れて訓練して純金に作っておられた。その事実を知ると、心に希望が起こり、悔しい気持ちに勝つことができる力が生じた。そのように私の能力ではなく、神の全能の手が私を導き始めた。

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 傷を直接洗っていただき

 しばらくして、私をそのように困らせた古参が除隊した。私は古参になり、私の席に新しい後継者が入ってきた。ある日、その後任が私に言った。

「キム兵長様、以前聖書の勉強をたくさんされたという話を聞いた私も聖書を学びたいです。」

私は笑って、後任にこう言った。

「私はあなたに福音を伝えない。他の人はみんな救われてもお前は救われたらダメ。お前が救われれば、お前が間違ったときに、私はお前を殴れないじゃないか。」

ところが、時間が経ってみると、私はその後継者に福音を伝えていて、後任が救われた。その後任が今、カザフスタンで宣教しているパク・ソンス宣教師だ。私の後任が救われたとき、昔の私は古参に不当に殴られた傷が心の中で跡形もなくきれいに洗われていた。私自身が洗ったのではなく、神が私の傷を洗ってくれたのだ。そのほかにもその福音を聞いて救われた人の中の一つが、今フィジーで福音を伝えているヤンウンギ(ジェームス・ヤン)宣教師だ。このように、神のしもべが起こったので、古参にそれほど殴られたことに見合うものはないだろう。

私は使徒16章33節を見れば、とても幸せである。

看守は、その夜、時を移さず、ふたりを引き取り、その打ち傷を洗った。そして、そのあとですぐ、彼とその家の者全部がバプテスマを受けた。...」こんな世界が神の世界であった。使徒パウロが閉じ込められた監獄の看守がパウロの傷を直接洗浄するこのシーンがあまりにも美しい。神はこの場面を私の人生にも許してくれた。

歳月が過ぎて知った事実は、幸せと感謝は、私の手にない、神が私に作ってくださるという事実である。私もそのように導かれる神を見たときに賛美するしかない。そんな神様が私とともに行かれるという事実があまりにも幸せである。

 

・・・4話に続く